大野クリニック 目からウロコの漢方⑥〜咳と漢方治療~
第6回 咳と漢方薬
1.ウイルスや細菌による感染
風邪やインフルエンザのウイルス、細菌によって喉や気管、気管支、細気管支(気道といいます)が炎症を起こすことによって生じる咳、痰が一般的な原因です。気道粘膜の炎症の後、気道が過敏になって咳が長引く場合があります。
2.花粉やハウスダストなどのアレルギー
喘息などは、主にアレルギーが関与しています。スギなどの花粉や、ダニやハウスダストといったアレルギーの原因になるものが、気道に侵入してアレルギー物質を作り、咳などを引き起こします。花粉など決まった季節にあらわれるものを季節性と呼び、ハウスダストによって1年中続くものを通年性とよびます。
3.タバコの煙による害
タバコの煙に含まれるタールは、気道粘膜を刺激して咳や痰を引き起こす原因になります。直接タバコを吸っていなくても、人が吐き出した煙(副流煙と呼びます)によって咳が出ることもあります。
咳・痰を伴う疾患
1.肺炎
ウイルスや細菌が肺に侵入し、炎症を起こします。風邪をこじらせたりすることも原因の一つです。症状としては、のどが痛くないのにせきやたんが出たり、38℃以上の高熱が続きます。また、肺の働きが低下して呼吸が苦しくなることもあります。体力が落ちている人や、免疫力の弱いお年寄りは注意が必要です。
2.気管支炎
ウイルスや細菌による感染などによって、気管支が炎症を起こします。急性気管支炎は、乾いたせきや発熱、のどの痛み、鼻水、頭痛の症状があらわれるので、風邪と間違える場合も多くあります。慢性気管支炎に進行すると、せきやたんが慢性的に繰り返されます。
3.気管支喘息
アレルギーによる気管支の炎症や、アレルギーによって気道が過敏になって気道が狭くなり、息が苦しくなる発作を繰り返します。喘息の発作時には、せき、たん、ゼイゼイ、ヒューヒューという呼吸音(喘鳴・ぜいめい)、呼吸困難があり、息を吸うときより吐き出すときの方が苦しくなるのが特徴です。
4.百日ぜき
百日ぜき菌という細菌に気道の粘膜が感染し、炎症を起こします。初期は軽いせきや鼻水など、風邪に似た症状がみられますが、その後1週間ほど経過すると、連続で出る激しいせきの症状があらわれます。乳幼児に多くみられます。
5.肺結核
結核菌という細菌に肺が感染して起こります。せき、たんや肉眼では確認できない微量の血が混じったたん、微熱などの症状が2週間以上続きます。結核菌は、結核菌感染患者のせき、たんなどによって感染が広がりますが、初期症状が軽いため、感染に気付かないこともあります。
6.慢性閉塞性肺疾患(COPD)
長年の喫煙習慣などが原因で起こります。慢性気管支炎になり、せきやたん、息切れが続いた後、ゆっくりと肺の機能が低下して、徐々に呼吸が苦しくなり、最終的には呼吸不全になることもあります。30~40年近くかけて進行するため、自覚がない場合が多いといわれています。
7.肺がん
喫煙や車の排気ガスなどが深く関与しているといわれています。初期段階や小さな肺がんでは全く自覚症状がありません。レントゲン撮影で偶然見つかることがありますが、レントゲンでの発見率は高くないため、必要に応じてCT検査の実施にて見つかることも多い疾患です。せきや血たん、呼吸困難などの症状があらわれます。がんの死亡率で第1位の肺がんは、がん死亡数の約2割をしめています。 ●咳の漢方薬治療
咳の原因として、ウイルスや細菌の感染で、喉、気管、気管支などの粘膜に炎症が生じて発生するもの(気管支炎、肺炎、肺結核)が一般的です。その中にはマイコプラズマや百日咳などもあります。その他にスギ花粉やハウスダストによるアレルギー性のものもあります。さらに、肺がん、慢性閉塞性肺疾患など様々です。
西洋医学的には、これらの原因それぞれに原因別に治療方針を立てます。
漢方医学的には、原因の如何を問わず、その時に咳の状態、痰の状態ばかりでなく、全身状態を考慮した治療方法を模索します。
ただ、例えば咳喘息、アトピー咳嗽など長引く咳の対応は西洋学と漢方医学をうまく組み合わせて対処しなければなりません。
ここでは咳に対する漢方治療をご紹介します。
- 咳に対して漢方薬で治療を試みる場合,痰があるか無いか、硬い痰か、薄い痰かなど痰の状態を考慮すると適切な選択ができる。さらに精神的状態を考慮することで漢方薬の選択がより効果的になる。漢方は心身一如の治療学であることの証左となる。
- 咳の治療に際し,西洋薬は鎮咳あるいは去痰に作用点が集中しているのに対して,漢方薬はまず全身状態の改善を目指している。さらに咽喉・気管支粘膜の湿潤あるいは乾燥状態などの視点からの治療方法の鑑別が重要である。なお,いずれの漢方薬も西洋薬の鎮咳薬および去痰薬との併用は有用である。
乾性咳嗽(空咳)に対する漢方薬解説
麦門冬湯
咽喉・気管支粘膜の乾燥が目安で発作性の激しい咳には最適。体力低下には補中益気湯を合方して味麦益気湯とする。また風邪の後の乾わいた咳には桔梗湯を併用すると効果的。
滋陰降火湯
皮膚粘膜の乾燥状態が使用目標であることは麦門冬湯と同様。就寝時の咳など温まると咳がでる。また夕方から夜の咳嗽には西洋薬の鎮咳剤や抗アレルギー薬と併用するとよい。熱感・乾燥がつよければ六味丸を併用する。
麻黄附子細辛湯
風邪の時の咳に役立ちます。悪寒が強く、倦怠感がある場合が最適です。咽頭痛にも役立ち、寒冷刺激に伴う咳にも有用です。 さらに薄い鼻水があれば小青竜湯と一緒に服用します。これを竜附湯(仮称)と名付けています。 注意が必要なのは麻黄附子細辛湯で動悸・胃腸障害があらわれることがあり、この場合は桂枝湯と一緒に合わせて桂姜棗草黄辛附湯とします。
神秘湯
ストレスなど精神的要因(気うつ)が絡む場合の長引いた席にはこの神秘湯が役立ちます。神的要因が強ければ半夏厚朴湯を、長期に亘り熱感や食欲低下などがある場合には小柴胡湯を併用します。 半夏厚朴湯
咽喉頭異常感症・気うつなどを持ち乾性咳嗽が続く場合に使われますが、鎮咳効果は軽度ですので、咳が強く、軽い痰を伴えば越婢加朮湯を合方して越婢加半夏湯とします。この漢方薬は漢方薬中で最も鎮咳作用が期待できる漢方薬です。
気管支喘息では寛解期に使用<弱>
湿性咳嗽に対する漢方薬解説
小青竜湯
水様性鼻汁・薄い痰・鼻水を伴った咳に使用します。この漢方薬には麻黄が配合されていますので、この漢方薬で動悸が出現した場合には苓甘姜味辛夏仁湯とします。小青竜湯も苓甘姜味辛夏仁湯も鎮咳作用は強くありません。
麻黄湯
ふしぶしの痛み・悪寒・喘鳴などインフルエンザ様の症状があれば適応です。この処方で効果不十分な場合には越婢加朮湯を合方して大青竜湯とします。ただし、この大青竜湯は麻黄の量が多くなりますので、動悸、食欲不振に注意が必要です。
麻杏甘石湯
熱感・発汗・水様性痰がこの漢方のが効果がでる状態です。漢方薬の鎮咳剤の基本的漢方薬です。この処方で効果不十分な場合は麦門冬湯を併用します。
五虎湯
上述の麻杏甘石湯に桑白皮を加えた漢方薬です。痰が多ければ二陳湯を合方して五虎二陳湯とします。この五虎二陳湯は最も頻用される咳に対する漢方薬です。
竹筎温胆湯
マイコプラズマや百日で咳に感染して咳がながびいた場合に使われます。咳の他に不安感や不眠傾向があれば効果が出ます。咳が高度では五虎湯を併用することもあります。
滋陰至宝湯
食欲不振・全身倦怠感など極度の体力低下・咳・痰・寝汗などがあれば最適です。気管支拡張症・非結核性好酸菌症や肺気腫などの基礎薬となり得えます。
清肺湯
多量の膿性痰・遷延性の咳に有効です。すなわち肺炎に対しては最も使用頻度の高い漢方薬であり、西洋薬の抗生剤との併用が極めて有用です。